こども2人と3人暮らし

7歳男子と5歳女子を育てながらフルタイム勤務中。2015年春より夫は単身赴任中。大変だけど問題なく暮らしてます。

TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」のリスナーです。

安住さんのラジオを聴くようになったのは、息子の出産ころでしたから、7年ほど立ちました。

www.tbsradio.jp

出産前は夜中に眠れなくなることも多く、出産後、授乳や息子がミルクを飲むとき、ものすごく時間がかかっていました。テレビをつけるのもなぁ、、と思っていたときや、夜中に起こされてしまったあとに、明るい画面ではなく、耳のみで小さな音でも楽しめるラジオの存在に助けられました。2005年からの長寿番組ということもあり、2007年からは(podcastによる配信もあったので、過去の放送に遡り)放送分だけでも楽しめました。youtubeでも2時間分が配信されてましたしね。耳を傾けたままの、スマホ育児ならぬラジオ育児です。

いまも、スマホのラジオの録音アプリを利用して、毎週約2時間録音したものを1度ならず、何度も聞いています。

 

安住さんは、もともと好きなアナウンサーの方でした。もう20年近く前ですが、友人と銀座を歩いていると、番組ロケ中の安住さんに遭遇しました。背も高く、颯爽としていらして、さすが!と思いました。まぁ、年代もほとんど同じ世代であることも、親近感があった理由ですが。

とにかく、この番組はトークが面白く、ゲストもどこから探してくるの、っていうような特定のことに熱中した方などが多くて、とても興味よ。まぁ、普段は聞けないような安住さんの黒い心の部分が、いちばん楽しいですが。

 

そんな先週の日曜、家にいて、番組を視聴していました。

TBSのアナウンス室の内輪話として、話をされていた安住さん。もうひとり、後輩アナウンサーのことを話をしていいですか、といったところで声が途切れてしまいました。あれ?放送事故?でも、BGMは聞こえているし、どうしたのだろう、と思ったところで嗚咽が聞こえてきました。安住さんが泣いている、、、と思ったものの、男性がこんなにも泣いてお話をされることに、驚きつつも、必死に耳を傾けました。

川田亜子さんのお話でした。

これはその時刻、ツイッターでも話題になり、その後も、ニュースとして取り上げられ、LINEニュースにもなっていましたので、すっかりいろんな意味で話題になってしまいました。

 

私の抱えるもの

リアルタイムに安住さんの慟哭を聞くこととなり、私も涙がこらえきれませんでした。安住さんが同僚として、先輩として、川田さんを救えなかったことを非常に後悔されているのが分かりましたし、私自身、同僚の死を未だに引きずっているので、自分自身に置き換えてしまいました。

なんどか、このブログに書こうと思いながらも、未だに吐き出すこともできず、ただただその重さに受け止めきれずに、止まってしまっているのです。

 

私の同僚は、その数ヶ月前に旦那さんを病気で亡くされました。ほんの少し前まで、そんな病気になるなんて、おそらく想像してなかったのに、すぐに命の期限を知らされ、ホスピスに入って、「闘病生活が長引くのなら、それでも嬉しいの」と力なく笑ってくれたあと間もなくのことでした。

そして、1年も経たず、彼女はその後を追うように、亡くなりました。いえ、彼女は病死だったのかもしれません。自殺だったのかもしれません。そんなことさえ、わからないくらい、突然に、この世を去りました。

 

「あのとき、どうして、話を聞いて上げられなかったんだろう。(いや、でも自分が聞いたらどうにかなったなんて、思うこともおこがましいけれど)

あのとき、自分のことだけで精一杯なつもりでいて、思いやることができていなかったことが、どれほど彼女を傷つけてしまったんだろう。

当時出産を終えて、舞い上がっていた自分の姿。それは、彼女をさらに傷つけていたはず。

娘の誕生を祝わせてしまったこと。娘を彼女に抱っこさせてしまったこと。それは、幸せを見せつけられているように思ったかもしれない。」

 

なにより、私が知りたい彼女の心。その出来事は、彼女にとっても突然のことだったのか。自らの意思があったのか。今となっては、だれも答えをくれないのです。

 

彼女が旅立って間もなく5年経とうとしても、私は彼女の夢を何度も見るのです。 彼女は私のことを責めてくれない。笑って、私に、手を差し出してくれるのです。これまでの彼女がそうだったように、ハーブティーを飲みながら、ゆっくり私を見つめて話を聞いてくれるのです。そうした自分勝手な夢をみていることがさらに、私を追い詰めます。 

 

可憐な花のように華奢なのに誰にでも優しくて、芯が強い女性でした。人の悪口は決して言わず、人の嫌がることも、嫌な顔ひとつせず、率先して手を差し伸べてくれた彼女。

私自身の伝えられない思い、そして同じように人が苦しんでいることを知り、彼女を折に触れて思い出すことで、彼女が寂しくないように、と考えていること。

そうした私の全ての思いが、どうかどうか彼女に届きますように、と願います。

 

 

ここまで後悔してもらえて、10年経った今も多くの人たちに思い出してもらえて、川田さんは、安住さんのことをよい先輩に恵まれていたんだなー、と思ってくれているはず。

彼女のために。

私が、彼女のためにできること、、ようやく見出したことは、彼女のお母様と仲良くなり、メールをやり取りすることでした。よく似た雰囲気のお母様とやり取りをするうちに、救われているのは私の方だったりするのですけれど。 

お母様に、お嬢様と同年代の友人が1人できたこと、それを何となく喜んでいただけたなら、嬉しいなぁ、と。